いちごの王さまからのメッセージ

8月のメッセージ

今年も暑い夏がやってきましたね。いちごメイトのみなさんは暑さの中、元気に頑張っていますか?
今年の夏もコロナウイルスとの戦いは続いていて、まだまだ油断出来ません。今は、世界的にワクチンの接種が進んでいる段階なので、この1年半以上、苦痛を強いられてきた日々からの出口がようやく見えてきました。あと少しの辛抱です。
王さまもワクチンを2回打ち終わり、少しほっとしていますが、周囲の人たち全員がワクチンを打ってくれないと本当の意味では安堵できないので、早くみんながワクチンを打って抗体を得て、安心して出歩ける暮らしが戻ってきてほしいと願っています。
この1年半で、私たちは健康に普通の暮らしが出来ることが、如何に大切で幸せなことであるかを思い知らされました。
私たちは、コロナウイルスが出現するまで、自由で楽しい暮らしは永遠に続く、ごく普通(あたりまえ)のことだと思っていました。

でも、本当はそうではなかったのです。
コロナウイルスという病気が現れて、私たちの暮らしは一変しました。世界中の都市が封鎖され、大勢の命が奪われ、医療現場は崩壊し、人々は街に出られず不自由な生活を強いられました。国連の事務総長が世界保健機関(WHO)の総会で、この状況を「戦争状態にある」と言っていました。
コロナと戦争を比べることは出来ないけれど、その言葉を聞いて、王さまは76年前、18歳の時の戦争体験を思い出しました。
毎年8月号のいちごの王さまからのメッセージでは、王さまの戦争体験を伝えて、平和の大切さ、命の尊さをみんなに考えてもらうことが王さまの役目と思って書き続けてきました。今年も一人でも多くのいちごメイトに読んでもらいたいと思います。

1945年の夏、日本は第二次世界大戦の真っ只中にありました。王さまは群馬県にある高等工業学校(現在の大学)の1年生で寮に入っていたのですが、その7月7日の七夕の日は、ちょうど故郷の甲府に帰省していました。夜10時を過ぎ、夕食後、自分の部屋へ行って勉強しようと思った時でした。東側の窓が一面、真っ赤に染まり、恐ろしい爆音が響き渡りました。爆撃機ボーイング29型機(B29)が大量の焼夷弾を甲府の町中に落とし始めたのです。当時の家屋はほとんどが木造だったので、住宅や商店、倉庫に火が付いて燃え広がり、あちこちから大きな炎が上がる中、王さまは小さな妹を背負って一晩中逃げ回りました。焼夷弾が放つ火の粉の熱さに耐えられなくなると、ドブ川と呼んでいた汚水が流れる臭い川に入りながら、逃げ続けました。
途中で貯水槽に覆いかぶさって焼け死んでいる女の人の横を通りかかりました。近くの男の人がその女の人を抱き起こそうとしたら、女の人の下に赤ちゃんの姿が見えましたが、その赤ちゃんもすでに息絶えていました。王さまは妹を負ぶって逃げながら、どうして?どうして?と考え続けていました。
“どうして、甲府に爆弾が落とされなければならないのだろう?誰も何も悪いことをしていないじゃないか。どうして、子どもや赤ちゃんまで殺されなければならないのか?”周りの大人たちに聞いても、皆絶望しながら「戦争なんだから仕方ない」と言いました。夜が明けると、火は煙だけになっていました。甲府の町は約70%が燃えて、甲府の中心地にあった王さまの家を含め、すべて焼け落ちていました。 その日から約1か月後の8月15日、日本は降伏して終戦となりました。
王さまは、こんな恐ろしい戦争は絶対に二度とあってはならない。と、その時強く思いました。

76年が経った今も、この時の恐怖は王さまの頭から離れません。
では、どうすれば戦争は起こらなくなるでしょうか?いろいろな意見があると思いますが、王さまはこう考えています。
『みんなが仲良く助け合って、思いやりを持って生きること』
お誕生日や、親切にしてもらった時に、小さな贈り物にカードを添えて贈ることで仲良しの輪が広がり、やがては世界中が仲良くなる、それが世界平和に繋がっていくはず…戦争を体験した王さまは、それが1番良い方法だと思うのです。
このメッセージを読んでくれたみなさん、仲良く助け合って生きることの大切さをもう一度、思い出して、よく考えてみてくださいね。

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